摂食障害の歴史と社会環境①

  摂食障害は、1970年代以降、先進国で増加したが、これ以前にも症例は存在した。これら古典型の病理も重要である。

(1)歴史

  ‘Anorexia nervosa’は、19世紀の英国の医師Gullの命名である。19世紀後半は、欧米では、神経性食欲不振症(以下AN)の報告が他にも見られる。これより以前、14世紀のシエナの聖カテリーナなどは、ANの病理を示したと考えられるが、中世には、食欲の抑制は宗教的なものとみなされた。このため、19世紀にANが「医学化」したと表現されることもある。日本では、既に18世紀に、香川修徳による「不食」という医学的報告がある。これら過去の症例報告には「やせ願望」が明確でない。現在は、やせ願望こそANの本質ととらえられがちであるが、古典症例を見ると、必ずしもANに必須の症状ではないという議論もある。 過食症(以下BN)は1980年代以降に増加した。これ以前に、BinswangerのEllen Westなど、過食を症状とする症例の記述は散見されるものの、歴史的記述は多くない。BNの増加には、食物に余剰があり、若年女子が自由に買物ができ、過食できる私的空間を持つなどの社会的条件が影響していると考えられる。

(2)地理的広がり

 摂食障害は、西洋を中心とする「文化結合症候群」という説もあった。数少ない香港やインド人の症例には、やせ願望が少ないという報告もあり、西洋以外では、西洋型とは異なる病理を持つことが強調された。しかし、近年、西洋以外でもやせ願望の強い西洋型が増えているようである。19世紀の症例とこれまでの非西洋圏の症例には、やせ願望が目立たないという共通点がある。社会が痩身文化を取り入れると、その後は「西洋型・現代型」の病理が中心になり、有病率が急増すると考えられる。一方で、日本人は、体重の割に「身体不満足」が強いといった、若干の国民性があることも指摘されている。

摂食障害の歴史と社会環境②

図1 摂食障害の歴史
症例報告時代 AN「流行」時代 BN「流行」時代 さらなる広がり
  1960年代後半 1980年代 ★多くの精神疾患のコモビディティとしての摂食障害の増加
★グレーゾーンの増加
★有病率が低かった国での増加
〈社会状況〉 ダイエットブーム
  ★ツイギーなどの痩身モデル
★家庭用体重計の普及
  ★むちゃ食い食物の普及
★長時間営業店の増加
★客の匿名性
★金銭の自由
★過食嘔吐可能な私的空間